【書評】なにかを始めるときに早すぎることも遅すぎることもない:安藤百福発明記念館『転んでもただでは起きるな! 定本・安藤百福』
なにかを始めるときに早すぎることも遅すぎることもない
安藤百福発明記念館『転んでもただでは起きるな! 定本・安藤百福』(2013年・中公文庫)
インスタントラーメン「チキンラーメン」、「カップヌードル」の生みの親であり、日清食品の創業者でもあった安藤百福氏についての本。前半は評伝、後半は語録。それぞれ別の本として刊行されていたものを一冊にまとめて文庫化。
安藤百福といえば、もちろんインスタントラーメンの発明者、そして優れた経営者として知られているが、個人的には氏が96歳で亡くなる直前まで現役で活躍していたことが印象的。自分自身が30代も半ばを過ぎてきて、いかに健康に長生きするかを意識するようになっているので。
評伝を読むと、一貫して実業家だったということが分かる。幼くして両親を亡くし、呉服屋の祖父母に育てられ、22歳の時には早くも最初の事業(メリヤスの販売)を立ち上げている。周囲の環境のゆえなのか、生まれながらの資質なのか、その後も様々な事業を興している。今で言うベンチャー起業家であり、一方で社会起業家のような側面もある。世の中のためにという思いは、日清食品が大きな企業となってからもずっと理念としてあったようで、例えば青少年の育成のための日清スポーツ振興財団(現在の安藤スポーツ・食文化振興財団)の設立や、阪神淡路大震災の際の食料の救援などに具体的に現れている。一方、ベンチャーや社会起業といっても、理想だけが先立つのではなく、企業としての成果を上げている。それは今の日清食品を見ても明らかなとおり。
ただ、その人生は順風満帆ではない。戦時中には共同経営者の謀略で憲兵隊に拘束されることもあった。終戦後にも、仕事のなかった若者と製塩をし、彼らに与えていた小遣いを給与と見なされ、それに関わる税金を脱税していた疑いをかけられる。この時は、2年間巣鴨プリズンに拘束された。しかし、そうした苦境にも屈しない。この精神力には、ただただ驚く。
もうひとつ、これだけ早くから様々な活躍をしていながら、意外なほど遅咲きである。そして、長く様々な活動を続けていた。例えば、安藤氏が「チキンラーメン」を完成させたのは48歳の時。「カップヌードル」に至っては61歳である。更に、宇宙で食べられるラーメン「スペース・ラム」の開発の陣頭指揮をとったのは90歳を超えてから。同じ頃まで、創業した日清食品の経営にも携わり、亡くなった2007年1月も年頭訓示やゴルフコンペをして、元気だったという。なんというか、駆け抜けた人生という印象を受ける。このバイタリティの源は、どこにあったのだろう。
自分の人生と比較すると、あまりに凄すぎて遠い人のようにも思えてしまうが、少なくとも「なにかを始めるときに早すぎることも遅すぎることもない」ということを強く感じる。色々な世代、色々な立場の人が、勇気づけられるような本。
最後にどうしても書いておきたいことが。私は幼い頃から、「インスタントラーメンは体に悪い」と周りの大人から言われ続けてきた。そんなこともあって、今でもその意識はある。でも、この本を読むとそれは今では正しくないのだろうと思う。チキンラーメンがヒットした頃、偽造品が出回ったり、後発のメーカーに「醤油で色を着けただけのものとか、品質の悪い油で揚げた粗悪品が横行した」(p.76)という。「インスタントラーメンは体に悪いという噂が広がったのはこのころである。食品加工技術が飛躍的に進んだ現在になっても、なお当時のイメージを完全に払拭できていない」(p.76)。そうした風評を払拭するため、安藤は国内の業界団体を設立し、1997年には「世界ラーメン協会」の設立にも携わる。更に2006年には、「世界唯一の食品規格である『CODEX』」(p.119)でインスタントラーメンの規格も制定された。こうした品質向上に努めた結果として、今のインスタントラーメンがある。その努力に目を向ければ、根拠のない「インスタントラーメンは体に悪い」という説よりもよほど信頼できる。
そしてもうひとつ、他ならぬ安藤百福自身が健康で長生きしたということが証明になる。チキンラーメンの開発の頃から、毎日のようにインスタントラーメンを食べてきた人が、96歳まで生きた。だからといって「インスタントラーメンを食べれば長生きできる」かは分からないが、少なくとも「インスタントラーメンは体に悪い」という意見には、安藤百福の「私がなによりの生き証人です」(p.119)という言葉は十分な反証になる。
安藤百福 生誕百年
http://www.nissinfoods-holdings.co.jp/momofuku100th/
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