【書評】自分を鼓舞する言葉の強さ:佐藤真海『ラッキーガール』(集英社文庫)
自分を鼓舞する言葉の強さ
著者は現在までに、アテネ・北京・ロンドンの三つのパラリンピックに、走り幅跳び日本代表として出場しているアスリート。そして著者が更に注目されたのは、2013年にブエノスアイレスで行われた2020年夏季オリンピックの招致プレゼンテーション。私もリアルタイムで見ていた。といっても特に注目していたわけではなく、なんとなく生中継があるというのでテレビを点けていた、という程度。
しかし、プレゼンテーションの最初にスピーカーとして登場した佐藤氏の表情(笑顔)、快活さ、スポーツへの深い愛情には、心を打たれた。日本のプレゼンテーションはその後も印象的な方が多く、メディアは別の方の言葉を流行語に仕立てたりもしましたが、私は佐藤氏のスピーチが与えた影響は大きかったと思っている。
そんな経験があり、またメディアに登場する機会も増え、「どういう方なのかな」と思っていたところに、2004年に刊行された自伝が文庫化されたので読んでみた。幼い頃の話から、文武両道で仙台育英高校、早稲田大学で勉強とスポーツを両立した話、骨肉腫の発症、右足の切断と抗癌治療、退院後に再びスポーツを行うまで、時代順に書かれている。
単行本が出た当時に読んだら、また違った印象を持ったかもしれない。しかし、2014年現在の今、著者の「文庫化に寄せて」や、スポーツライター増島みどり氏の解説も含めて読むと、この本は著者が自分自身を鼓舞するために書いた言葉だったのだろうなと想像できる。2004年当時、著者はサントリー株式会社へ入社し、走り幅跳びでアテネ・パラリンピックへの出場を控えていた。詳しい事情を知らない人からすれば、病気から復活し、新しい生活へのスタートが理想的な形で始まったように見えるかもしれない。本の中に登場する言葉や写真に写る著者の表情がポジティブだから、特にそう見える。
しかし実際は、大きな不安の中にいたことは想像に難くない。執筆当時は突然病気で右足を失ってからまだ2年くらい、癌の再発のリスクがほぼなくなる術後5年も経過していない時期だった。20代前半で、自分の死について考えなければならない。大学に復学をした時の、自分が取り残されたような思いも、本の中で書かれている。これは、過酷な状況だと思うし、その不安が文章に表れている部分も多い。
そうした状況を考えてこの本を読むと、まず自分にとっての記録のために、そして自分を励ますために書かれた言葉なのかなと思う。『ラッキーガール』という題名だって、現状を嘆いているだけだったら出てこない言葉のはず。色々なことがあったけれど、それでも自分はラッキーだと言えることは、やはり心を強くあろうと思うからこそだと思う。そして、著者自身のために書かれた文章であっても、決して悪いことではないし、自らを鼓舞する為に書かれた言葉というのは、他の人の心を揺さぶる。だから、この本を読んで元気になれたり勇気付けられたりするのだと思う。
文章も読みやすいし、ボリュームもそれほど多くないので、中高生くらいから読むことができるだろう。どんな人にもおすすめできるけれど、特に10代、20代の人は読んでみると色々なことを考えて、感じ取ることができると思う。
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