【書評】実はシンプルな物語へ、相当に派手なデコレーションを:フィリップ・K・ディック『ヴァリス〔新訳版〕』
実はシンプルな物語へ、相当に派手なデコレーションを
フィリップ・K・ディック(著)・山形浩生(翻訳)『ヴァリス〔新訳版〕』(ハヤカワ文庫SF)
1981年刊行の小説。翻訳は、かつてサンリオSF文庫で、現在も創元SF文庫で出ているが、今回のハヤカワ文庫版は新訳。
『ヴァリス』は評価が分かれる作品のようで、ある人にとっては訳が分からない、しかしある人にとっては様々な要素が読みとれて興味深いなど、様々な意見があるらしい。その理由としては、主人公が独自の宗教観を持っていて、それについての記述が多いから。主人公が、と書いたけれど、実際は著者であるディック自身が抱いていた宗教観、神秘主義的な考え方がそのまま反映されているらしい。
まず、そうした要素を抜きにすると、物語は意外とシンプル。主人公のフィル・ディックは、友人の死を原因として精神に変調をきたす。そして、自分の不幸や、この世界の問題点は世界の作られ方にあると考える。この世界は狂った神様が作ったもので、でも実はその神をつくったもう一段上の存在がいる。その存在が、世界を修正しようとしている。ディックはそれを「救済者」と呼んでいる。「救済者」はシマウマの形をしてして、ピンクの光線で啓示を与えてくれる。ディックの息子の病気も、そのおかげで治ったという。その「救済者」とのコンタクトを取るため、ディックは様々な場所を訪れる。
ただ、この物語が様々な要素でデコレーションされる。まず、ディックは自分を相対的に見るため、「ホースラヴァー・ファット」という別の人格をつくって、ファットの行動を三人称の視点で書いていく。しかし徐々にファットの存在が独立してきて、ディックとファットが一緒に行動している描写になっていく。この、ファットの存在(ディックと同一人物のはずが、別の人物のようになっていく)が、読み進めるうちに不安を感じさせる。しかし、それがこの小説の魅力になっている。
そしてファットが友人に語る世界の形はグノーシス主義やゾロアスター教の要素を取り入れた独自のもの。これが、他人の夢(寝ている間の夢)や妄想のような内容。語るファットの頭の中では筋が通っているのだが、受け取る側にとってはなかなか難解。さらに登場人物もディックと友人たちを除いては物語に沿って入れ替わっていく。このあたり、慣れていないと読んでいて混乱してくるかもしれない。戸惑う方は、人物一覧を自分で作った方がいいかもしれない(この小説に限らず、登場人物の多い小説を読む時はあった方がいいと思いますが)。
しかし、分からないところを考えたり悩んだりするよりも、とにかく読み進めていく方がいい。ファットが考えていることは繰り返し語られるので、少しずつだが明らかになっていく。そして、『ヴァリス』という題名の映画が登場するあたりから、物語が一気に進む。ディックの妄想だと思われていた救済者を、同じように認識している人々が存在する。彼らはその存在を知らせるために、『ヴァリス』という名の映画をつくる。これを見たファットたちは、製作者たちに会いに行き、そこで「救済者」らしき者と出会う。このあたりになると、前半に登場したキーワードや概念のいくつかがつながってきて、「そういうことか」と気づく部分も。
ただし、このままうまくまとまって終わらないのがディックの小説。賛否両論あると思うが、私はディックの小説についてはまとまらない方がおもしろいと思っている。
以前、この小説を評して「何度でも読めるし、何度読んでも発見がある」という言葉を目にした記憶がある。そうしたくなる気持ちは理解できる。そしてそれは、作中の映画『ヴァリス』に対して登場人物が見る度に発見があると語っていることにも通ずる。
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