知的生産

2023年2月 3日 (金)

誰でもラジオへの投稿メールが書ける方法(私の経験から)

気が向いたのでまとめました。
ラジオ番組への投稿メールが書けるようになる方法です。私の実際の経験です。同じことをすれば、多分誰でもできます。

※採用されるかどうかは番組側の問題なので分かりません。

以下のとおりです。

  1. 月に10冊の本を読みます。
  2. 月に映画と演劇をあわせて10本見ます。テレビでの視聴も含めて良いと思います。
  3. 読んだ本、見た映画と演劇の感想を書きます。レビューサイトに投稿したり、自分のブログにアップしたりします。
  4. これを10年続けます。

そうすると、メール書きたいと思ったら、とりあえず文章は頭に思い浮かびます。

もし、10年続けても書けるようにならなかったら10年後に教えてください。「ごめんなさい」と謝ります(謝る以外のことはできませんが)。

「10年も時間をかけられない」という方は、密度を上げるといいのではないでしょうか。
1か月に1,200冊読んで1,200本見て、それについて書けば1か月で同じ状態になれると思います。




みんな、星新一先生の「古代の秘宝」ってショートショートを読もうね。


 

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2022年9月 3日 (土)

推しのピンチを救うのは手書きの手紙だと思う。書き方もまとめてみた。

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例えば、応援している人が体調を崩したとか、ケガをしたとか、そうしたことがあった時に元気づけたいと思う人は、手紙を書くのがいいと思う。
ご本人が一番不安なわけで、その時に、その人について思っている、応援していることをお伝えするのは大切なのではないかな。

インターネットに書いても、ノイズ(その人について知らない人間が好き勝手書いている)が多すぎるので、「手書きで文字を書いて、切手を買って貼って郵便で送る」という、(今では)決して手軽ではない方法が大切だと思う。

逆に、誰かに自分を思う手紙をもらった経験がある人は、その心強さは実感できる。


「とはいっても、どうやって書けば?」と思う人向けに、ざっくりまとめます。

  なにに、どうやって書くか。

・文房具屋で、「便箋」と「ボールペン」と「封筒(定型郵便用と書かれたもの)」を買ってくる。
・便箋は見てよさそうだと思ったものにする。
・ペンは自分がいつも使っていて書きやすいものがあればそれで。ただし、消える筆記用具(シャーペンとか消せるボールペンとか)は使わない。

  手紙の書き方

・「拝啓」で始めて「敬具」で終わったりしなくてもいい。
・最初に「○○様」と書いて、「初めてお手紙お送りします」とか「お久しぶりにお手紙お送りします」とか、そういう始まりでOK。
・最後に、書いた日付と、自分の本名は書く。
・SNSでコメントしているハンドルネームとかラジオにメールしているラジオネームとかがあればそれも書く。(結び付けて欲しくなければ書かなくてもOK)

 手紙例

  手紙の中身

・相手を元気できるようなことを書く。
・ダメ出しは書かない。ダメ出しをするのはファンの仕事ではないので。
・期待をしない。事務所のスタッフさんの判断でご本人に渡らない可能性もあるので(ちゃんとした内容ならそんなことはないだろうけれど)。それから、返事やリアクション(SNSなどでの「お手紙受け取りました」)も期待しない。それでもよいと思える人に書く。

  封筒の書き方

・送り先は、所属事務所で住所を確認する。
 フリーランスの人は、ご自身のSNSとかWEBサイトに送り先が書いてある場合が多い(受け取らないことにされている方もいるので、それは仕方がない)。
・封筒には裏に住所と本名を書く。
・切手は手紙の重さを測って、郵便局で代金を調べて、その分の切手を貼る。
 |国内の料金表(手紙・はがき) - 日本郵便: https://www.post.japanpost.jp/send/fee/kokunai/one_two.html

【表】                    【裏】

封筒表 封筒裏



質問は下記から。追加した方がよさそうなことを追加します。(個別のお返事というよりは、ここに加筆してお知らせする形になります)
https://marshmallow-qa.com/konohamoero

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2022年5月 9日 (月)

【アーカイブ】自分が作るものの濃度

昔、このブログの前のブログに掲載していた記事を再掲します。
10年以上前、ビジネスとか知的生産とか、今よりも結構真面目に考えていたのが、今読み返したらおもしろかったので。
なお10年以上前なので、内容が古い場合もありますが、基本的にそのままにしています。

なに書いてるか分からないかもしれませんが、「商売として売れるものを作るためには、妥協はしないといけない」、「趣味として好きなものを作るのであれば、とことんこだわればいい」ということです。


2013年11月11日
自分が作るものの濃度

例えば、俺がラーメン屋を開業すると考えた場合。

仮に、俺は味が濃い、こってりしたラーメンが好きだとする。しかし世間一般では、もっと薄味のラーメンに人気があるとする。俺からすれば、「うっすい、そんなんで味がするんかいな」と思うようなラーメンに人気があるとする。

開業を勧めてくれる人は、おまえが店を出すのなら、濃い味のラーメンこそが魅力だと言う。世に出せばきっとお客は来ると。

だがこの場合、高い確率で客が集まるのは、俺は「味がしないような」と思う薄味のラーメン屋。自分の味覚は尖っていて、優れた味を見分けられる(と思っている)が、大勢の人にとってはそうではない。自分が薄いと思う味のラーメンを、旨いと言って食べる人間の方が多い。

もちろん、自分の味を愛する人が集まり、常連となって店を支えてくれるのであれば商売は成り立つだろう。しかしそれは幸運なのであって、多くの人はどこかで折り合いをつける必要がある。「売れるメニューが良いメニュー」と、志を曲げて薄い(と自分が思う)味のラーメンを出すのか、薄味も濃い味も両方を出して、生活と自尊心の両方を支えるか。

しかし、大切なことがある。

これはあくまで、ラーメン屋として生計を立てる場合。例えば、俺が仕事は勤め人として続けながら、月に1回くらい、友人や知人に自分のつくったラーメンを振る舞うとする。タダで。この時は、なにを遠慮する必要もない。自分が食べたいと思うラーメンをつくり、振る舞い、自らも存分に食べればいい。この味が会わない人間は来なければ良いし、そもそも呼ぶ必要もない。

そして言ってやればいいのだ。

「世の中の連中は、うっすいラーメンばかり行列作って食いやがって。そんなんで味がするんかいな」

俺が、そしてあなたがあるいはどこかにいる誰かが、ラーメンを作ろうとした時、色々な人が色々なことを言ってくるかもしれない。だがその時に考えてほしい。

俺は(あなたは誰かは)、なんのためにそのラーメンを作るのか。
生活のため? あるいは趣味としての楽しみのため?

色々なことを言う人は、どんな立場で、俺を(あなたを誰かを)どう思って、そういう言葉を投げているのか。

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2022年5月 2日 (月)

【アーカイブ】他の会社やお宅を訪ねる時に、「すみません」や「こんにちは」よりも自然だと思うあいさつ

昔、このブログの前のブログに掲載していた記事を再掲します。
10年以上前、ビジネスとか知的生産とか、今よりも結構真面目に考えていたのが、今読み返したらおもしろかったので。
なお10年以上前なので、内容が古い場合もありますが、基本的にそのままにしています。

「すみませんをなるべく使わない生活」は最近も考えている。


2008年04月14日
他の会社やお宅を訪ねる時に、「すみません」や「こんにちは」よりも自然だと思うあいさつ

 私は仕事柄、他の会社を訪ねるよりも、取引先のお客様を迎えることが多いのですが、最近気になるのが入って来られた際のごあいさつ。

 「すみません」という方が多いです。「こんにちは」と言う方もいらっしゃいますね。

 決して変な日本語ではないのですが、なんとなく変な感じがします。
 ちなみに社内の他の部署であれば、「失礼します」・「失礼しました」で問題ないと思うんですけれどね。

 ちょっと話がずれました。では、私は他の会社を訪ねる時はなんとあいさつをするか?


 私の場合、「ごめんください」ですね。やはりこれがスムーズではないかと思います。

 「ごめんください」は、年代によって使う・使わないが分かれるようです。見た目20代の人が言うのは、あまり聞いたことがない。印象では、40代以上の方に多いようです。
 逆に言うと、年配の方には「ごめんください」のあいさつは受けがいいかもしれない(そういう計算をするのはあまり良くないかもしれないけれど)。
 ただ、入口付近で大声で「すみませーん」とか「こんにちはー」とか言われるよりは、「ごめんください」と言われた方が気分はいいだろうと思う(少なくとも私は第一印象が違います)。あと、「ごめんください」は「ごめんくださーい」などと伸ばさずに言う方が、更に印象がいいと思う。

 ちなみに私は、落語を聞いてこの言い回しを覚えましたね。

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2022年4月25日 (月)

【アーカイブ】会社の仕事でも「ブルーオーシャン」を確保しておく

昔、このブログの前のブログに掲載していた記事を再掲します。
10年以上前、ビジネスとか知的生産とか、今よりも結構真面目に考えていたのが、今読み返したらおもしろかったので。
なお10年以上前なので、内容が古い場合もありますが、基本的にそのままにしています。


2008年04月15日
会社の仕事でも「ブルーオーシャン」を確保しておく

 なんとなく、新しく社会人になった人を想定して、先輩面してつらつら書いてみます。

 今日は「ブルーオーシャン戦略」の話。もともとは下記の本で名付けられた用語。

[新版]ブルー・オーシャン戦略―――競争のない世界を創造する (Harvard Business Review Press)

 考え方自体はそれほど目新しいものではありません。「レッドオーシャン」と「ブルーオーシャン」という用語は、おおよそ次のような意味を持っています。

・レッドオーシャン:競争の激しい市場・業界。企業同士でコスト削減・売上増を争う様子を、「血の海(赤い海)」に例える。
・ブルーオーシャン:他の企業が手をつけていない(新しかったりニッチだったりする)市場。競争がない様子を、波がなく静かな「青い海」に例えている。

 そこで、企業はブルーオーシャンを探して売上や利益を上げようというのが「ブルーオーシャン戦略」です。

 今回私が書こうと思うのは、会社の仕事でも、従業員はそれぞれの「ブルーオーシャン」を確保しておいた方がよいだろうということ。

 分かりやすく言えば、「自分にしかできない仕事を持っておきましょう」ということ。特定の資格でもいいし、特殊な技能でもいいでしょう。些細なものでもいいので、とにかく自分、あるいは自分を含めた少数の社員にしかできない仕事があるというのは、会社で働く上で強みになる。

 こうした仕事を持っていないと、ひたすら数字を大きく(または小さく)する仕事を会社から指示され、処理し続けなければならない可能性がある。これは例えば、1円でも多く商品を売るとか、1個でも多く物を作るとか、1件でも多くデータを入力するとか、そうした仕事を想定しています。そしてこれは、先ほどの「レッドオーシャン」に該当する仕事だろうと思う。
 もちろん現実には、ほとんどの会社では、こうした仕事はすべての従業員が分担している。でも、その人だけの強みがあれば、会社の中でその強みを活かした仕事が出来る機会が増えていくだろうと思う。例えば、英会話ができるのであれば、英語が話せる人間が必要な時に頼られるだろうし、書道の有段者なら、賞状や弔慶事の祝儀袋・香典袋を書く時に声をかけられるだろう。

 そして、自分が得意なことは、通常は自分が好きなことなわけです。会社の仕事という、必ずしも楽しくない場面で、多少なりとも自分の好きなことができるというのは、精神的にもよいことではないかと思う。

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2022年4月18日 (月)

【アーカイブ】なぜ、締切ギリギリに提出してはいけないのか?

昔、このブログの前のブログに掲載していた記事を再掲します。
10年以上前、ビジネスとか知的生産とか、今よりも結構真面目に考えていたのが、今読み返したらおもしろかったので。
なお10年以上前なので、内容が古い場合もありますが、基本的にそのままにしています。

これは今でも思うけれど、締切ギリギリに提出してくる人間は、概して提出物のクオリティが低いので、締切は前倒ししておくことに越したことはない。


2008年07月30日
なぜ、締切ギリギリに提出してはいけないのか?

 仕事上、社内から色々な書類やメールをもらうことが多いのですが、最近困るのが締め切りギリギリに提出する人が多いこと。

 締め切りを破るのは論外ですが、締切日や締切時間直前に提出して、「締め切りには間にあっている」と開き直る人がいるのも困る。

 普通、相手から締め切りを設定されたら、その8割くらいの時点までに提出するのがベターです。
 例えば、8月1日に「8月10日までに提出してね」と言われたら、8月8日には提出する。

 「なんで、締め切りは締め切りでしょ」と思う人もいるでしょう。

 なぜか?

 それは、「締切までに提出する」というのは、
「締め切りまでに『間違いのないものを』提出する」という意味だからです。

 もしも提出された書類に誤りや不備があった場合、差し戻しが必要です。しかし、締め切り当日や締め切り時間ギリギリに提出されたら、訂正のための時間が取れない。
 そして、ギリギリに提出する人に限って誤りや不備があるのです。

 ということで、「万が一の訂正を考え、締め切りの8割までの時点で提出する」を心がけましょう。

 それから、提出をしてもらう側の人は、わざと締め切りを前倒ししておいた方がいいです。提出する側に無理がなく、かつ一番早い時点を締め切りにしておくくらいでもいいと思う。

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2022年4月11日 (月)

【アーカイブ】活性化している組織を見分ける3つのポイント

昔、このブログの前のブログに掲載していた記事を再掲します。
10年以上前、ビジネスとか知的生産とか、今よりも結構真面目に考えていたのが、今読み返したらおもしろかったので。
なお10年以上前なので、内容が古い場合もありますが、基本的にそのままにしています。

このセミナーは、仕事で行ったのか、個人的に興味があって行ったのか、今となっては思い出せない。たぶん、仕事がらみで行ったのかな。


2008年08月01日
活性化している組織を見分ける3つのポイント

 先日セミナーで聴いてきた話が興味深かったので紹介します。
 ある組織(企業)が活性化しているかどうかを見分ける、目に見える3つのポイント。

1.メンバーがあいさつができるか。
2.メンバーに笑顔があるか。
3.オフィスに枯れた観葉植物がないか。


 3は「備品や什器が整理整頓されているか」と言ってもいいかもしれない。この3つが出来ていないと、メンバーのコミュニケーションに問題があるようです。

 自分の社内を見回してもいいし、別の会社を訪ねた時に見てみてもいいと思います。

 それで、大事なのは、自分のいる組織が出来ていない場合。

 その場合、他人に文句を言っても、組織は変わらない。まず自分が3つともできるようにしましょう。他人を変えるのは難しいですが、自分が変われば他人が変わる(これも別のセミナーからの受け売りだけれど)。

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 その他にも同じセミナーで興味深かった話があったので、書いておきます。

・難しい顔や言葉には、実は中身がない。

・コミュニケーションとは、自分と相手のクセを知ること。

・評価とは、また一緒に仕事をしたいと思ってもらうこと。

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2022年4月 4日 (月)

【アーカイブ】「究極の採用方法は『口コミ』である」という話

昔、このブログの前のブログに掲載していた記事を再掲します。
10年以上前、ビジネスとか知的生産とか、今よりも結構真面目に考えていたのが、今読み返したらおもしろかったので。
なお10年以上前なので、内容が古い場合もありますが、基本的にそのままにしています。例えば、ヴィレッジヴァンガードはその後一時期新卒採用もしていた。今はどうなのか分かりませんが。

ちなみにこのセミナー、仕事で行ったのか、個人的に興味があって行ったのか、今となっては思い出せない。


2008年08月04日
「究極の採用方法は『口コミ』である」という話

 以前受講したセミナーで聞いた話です。アメリカのスーパーマーケット「パブリックス(Publix Super Market)」の事例。

 パブリックスでは、口コミによる採用が多い、とのこと。例えば、パートタイマーとして働いている母親が、自分の子どもにアルバイトすることを薦めたり、学校を卒業する際に就職を薦めるという。

 会社としては、こうした形で従業員の募集の方が、メリットがあるだろう。具体的には下記のようなことが考えられる。

  1. コストがかからない:例えば、雑誌やインターネットに広告を出す場合に比べて。
  2. 会社が必要とする人材とのギャップが少ない
  3. 従業員が、比較的近い価値観を共有できる

 日本ではこういう企業は、すぐには思い浮かばない。いわゆる「コネ(コネクション)採用」と呼ばれるものはあるだろうが。なおここでの「コネ採用」とは、社内の役職者の関係者や、取引先の偉い人の紹介による採用という意味で使用しています。

 「コネ採用」とパブリックスの事例は、下記の点が異なる。

  1. 現場レベルでの口コミである、ということ
  2. 採用・勤務にあたって、特別扱いをしない、ということ:例えばパブリックスは、創業者一族の人間であっても、入社後は現場から仕事を覚えさせる、という。

 日本の企業で、比較的近いと思うのが、名古屋に本社を置くヴィレッジヴァンガード。ここはCDや雑貨も扱う書店を運営する会社だが、正社員の募集は行なわない。従業員はすべてアルバイトで入社し、数年が経過した後、勤務を続けており、かつ会社での基準を満たす者を正社員として登用しているという。
 アルバイトで入社する者は、ほとんどが店舗のファンで(実際、店舗のファンが多い会社です)、アルバイト時はその地区の最低賃金の時給で、昇給もないという。

 これは企業に独特の魅力がある故に成り立つシステムだが、先ほど上げた三つのメリットがある採用方法だと思う。

 「口コミによる採用」というキーワードで考えたことをもうひとつ書きます。

 それは、「自分の勤める会社が魅力的かどうかは、『自分の家族や友人に就職を薦められるかどうか』が基準になる」ということ。
 また、自分の会社の商品やサービスなら「家族や友人に安心して買ってもらえるか」が基準になるだろう。

 これを基準に考えた時、一般の学生・転職希望者・お客様と話をする場合との違いは、「より責任が重い」ということだろう。したがって、正直に話をすることになると思う。

 分かりやすいと思うので、学生の採用活動を例に話をします。

 極論すれば、企業の採用担当者にとって、採用試験を受ける学生は「赤の他人」である。不採用なら、その後もう二度と会わない可能性が高い。採用して入社したとしても、同じ部署にでもいない限り、毎日顔を合わせるわけではない。
 だから、嘘はつかないとしても、例えば従業員にとってはデメリットでも、取引先やお客様にとってはデメリットでないことは言わないかもしれない。

 しかし、例えば自分の子どもが採用試験を受けることを考えた場合はどうか。入社した後のことを考えた場合、後で嫌な思いをさせないために、会社の長所・短所を、正直に伝えるだろう。それでも長所が多く、魅力を感じさせる会社こそが、「いい会社」ということではないか。

 現実的に考えると、なかなかそういう会社はないかもしれない。しかし逆に言えば、自分の家族や友人に誇れる会社を目指す、というのは、ひとつの方向性として考慮してもいいのではないかと思う。

 

パブリックスの「奇跡」―顧客満足度全米NO.1企業の「当たり前」の経営術

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2022年3月28日 (月)

【アーカイブ】「善意の無視」と「失敗の許容」

昔、このブログの前のブログに掲載していた記事を再掲します。
10年以上前、ビジネスとか知的生産とか、今よりも結構真面目に考えていたのが、今読み返したらおもしろかったので。
なお10年以上前なので、内容が古い場合もありますが、基本的にそのままにしています。

このセミナー、仕事で行ったのか、個人的に興味があって行ったのか、今となっては思い出せない。


2007年09月27日
「善意の無視」と「失敗の許容」

 先日セミナーを受けて、興味深い話をいくつか聞いたので、いくつか書いておきます。なおこの話は、アメリカのスーパーマーケット「パブリックス(Publix Super Market)」の人材育成に基づいているとのこと。

 今回は、後輩や部下を育成する時に必要な考え方。
 育成の基本となるのは、「善意の無視」「失敗の許容」だという。それぞれ説明します。

「善意の無視」については、例えばこんな例を考える。

・質問:「自分の子どもが道端で転んだらどうするか」

 「起こしてあげる」というのが、一般的(あるいは常識的)な答えではないかと思う。
 しかし、育成という観点からすると、「起こしてはいけない」のだという。

 ではどうするか?

・「自分で立ち上がれ」と言う。そして立ち上がれたら、そのことを誉める。

 こうすることで、人間は自分で考え、行動できるようになるのだという。
 逆に、すぐ起こしてしまうと、「転んでも助けてもらえる」と思ってしまう、他人に依存する人間になってしまう可能性がある。

 仕事で人を育てる時は、この考え方は必要だろう。
 ただしそのためには、ある範囲内の失敗は許さなくてはいけない。あえて失敗をさせて、そこから修復させる。そして修復できたら誉める。致命的な失敗は問題だが、万が一失敗した本人に修復できなくても、育てている側がカバーできる失敗なら、失敗させた方がいい。
 「失敗したことのない人は、仕事をしていない人」という考え方があるという。

*逆の見方をすれば、若い芽を積みたければ、後輩や部下の細かな失敗も逐一注意して、すぐに手助けして(というか代わりにやって)あげればいい、ということですね。
 ただ、会社での仕事を考えると、これは長期的に見て損だと思う。なぜならばいつまでも仕事を任せられる部下ができず、そうなるといつか自分にできる仕事の量に限界が訪れるだろうから。

 上の話に関連して、「楽しい職場」についての話もありました。「楽しい」というのは、自動的に与えられるのではなく、自分で考えて行動した結果だと。自主性・自発性があって初めて成り立つとのこと。そこにはある種の厳しさや鍛錬が必要。
 たしかに、「楽」と「楽しい」って、同じ漢字を使うけれど、その意味は異なってきます。

 

パブリックスの「奇跡」―顧客満足度全米NO.1企業の「当たり前」の経営術

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2022年3月21日 (月)

【アーカイブ】オタクに聳える本当の壁(?)

昔、このブログの前のブログに掲載していた記事を再掲します。
10年以上前、ビジネスとか知的生産とか、今よりも結構真面目に考えていたのが、今読み返したらおもしろかったので。
なお10年以上前なので、内容が古い場合もありますが、基本的にそのままにしています。

2013年だから、アニメや声優さんのオタクに戻る前に書いたもの。「推し以外を悪く言うオタクって心が狭いよね」というお話。


2013年11月07日
オタクに聳える本当の壁(?)

オタクの人たち(その呼び方が気に入らなければ、マニアでもギーグでも、お好きな表現で良いです)は、好きなもののためなら結構ひょいと国境の壁を乗り越えてしまう感じがあって、それは頼もしい。俺だって、好きな日本人のミュージシャンについて、中国、韓国、ブラジルの人とメールをやり取りしたことはある。あとは、英語や、時々はイタリア語のガジェット系ブログも(ほとんど読めないけれど写真でなんとなく分かるので)読むことだってある。「オタクは国境を越える」というのは、表現として間違っていないと思う。

むしろ、問題は細分化され過ぎたジャンル間の壁ではないかと思う。全然知らない門外漢から見ると、「それ、同じことじゃないのだろうか」と思うような部分にも差異があって、そこに拘る人がいる。すごく拘る人もいる。しかも近いジャンルほど、自分が好きでないものは認めたがらない(これは統計に基づいた話ではなく、もはや私の経験則だが)。もちろん、「『ドラえもん』も『エヴァンゲリオン』もどちらもアニメーションなのだから」というような乱暴なことを言うつもりはない。それでも、例えばコミケのジャンル分けの「ジャンル補足」くらいまでの細分化がされたら、その中では仲良くしましょうよ、とは思う(*)。個人的にはジャンルまるごとに興味を持つくらいでもいいとは思っている。

*例:C85ジャンルコード一覧
http://www.comiket.co.jp/info-c/C85/C85genre.html
補足一覧(オンライン申込のジャンル補足一覧はこちら→PDFファイル)
http://www.comiket.co.jp/info-c/C85/C85SubGenre.pdf

というのも、俺は色々なジャンルをふらふらとしている存在なので。こういう人間を、マージナル・マン(marginal man)と呼ぶ。いくつかの集団の境界上にいて、どの集団にも帰属していない存在を指す言葉。私のような存在は、ある分野にのめり込む人の一部(ある種原理主義的な人たち)には歓迎されない。「薄い」という表現は、たまにされます。
ただ俺自身としては、ずっと色々な分野(や集団や)の間をふらふらと生きてきた人間なので、そういう生き方も面白いのにな、とは思う。違う分野を行き来すれば、全く知らない世界が見えるし、これまでつながることのなかった物事をつなげてみることができる面白さもある。

あとは、自分たちの世界の間口の広さにも関わってくる話だろう。あまり限られた世界で限られた人たちだけで集まると、排他的になる。もしかしたら、少人数で集まっている方が、楽しみを享受できる割合が高い、という思いがあるのかもしれない。1本のワインを100人で分けるよりも、10人で分けた方が一人当たりの量は多い、という例を挙げたらいいのか。
しかしその例で言うなら、100人で分けると、そのうちの何人かが別のワインを持ってきてくれるかもしれないし、あるいは日本酒や焼酎や、まったく別の、未知のものを持ってきてくれるかもしれない。自分が良く知っているあるワインを、なるべく多く飲みたいのか、そこから色々なアルコールに世界を広げたいのか。これはどちらが正しいという話でもなく、方向が違うので、たぶん意見を交換しても議論にならないだろう。

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